日本のこれからの物流を考える|第5回 2024年問題から見えてくる課題
松島 聡 シーオス株式会社
代表取締役社長
薬剤師免許取得後、アクセンチュア戦略グループシニア・マネジャーを経て、2000年シーオス(株)創業。2008年東京薬科⼤学理事(2期6年財務委員長・ICT委員長) 、2010年⽇本ロジスティクスシステム協会(JILS)広報委員・IoT部会委員などを歴任。近著に「UXの時代」。公益社団法人⽇本ロジスティクスシステム協会 調査研究委員会 副委員長
第5回 2024年問題から見えてくる課題
小川:
前回、前々回と日本の物流が抱える課題について話をしてきましたが、今回は少し2024年問題にも触れてみたいと思います。実際に働き方改革関連法が3月から物流事業者にも適用されますが何が起こると思いますか?
松島:
物流費の値上げや中間物流拠点の整備等は行われると思いますが、構造的にはあまり変わらないと思います。
小川:
それはなぜでしょうか?
松島 :
日本の物流が多重下請け構造だからです。現状の体制のまま働き方改革関連法の通りに取り組んでしまうと、ドライバーの稼働時間や物流事業者の効率が落ちるわけですから、設備の稼働率も下がり、車の稼働時間も少なくなってしまいます。その結果ドライバーの収入や事業者の売上が減るわけなので、結果としては物流業界にとってプラスではないのです。結局は、それなりの事業規模の企業に査察が入り、ちょっとお咎めを受ける・・・という感じであまり大きな問題にならないと予想しています。
それよりも、ヤマト運輸の単体事業であった「ネコポス」が、日本郵便との協業の「クロネコゆうパケット」への事業転換の話(2023年10月)がありましたが、2024年問題を理由に協業・合併の話が増えるように思います。
小川:
「ネコポス」は、ある程度の物量が見込まれたのでしょうが、結局儲からなかった。一方、日本郵便は従来の領域である小型荷物を奪われて収益・稼働率が下がってしまった。小回りの利いた配達に適したバイクや軽車両を沢山配備している日本郵便よりも、宅配用の2t、4t車を多く配備するヤマト運輸の方が、単価が安い小型の荷物を多く投函するには適していなかったということですかね。「ネコポス」を廃止して「クロネコゆうパケット」として協業に切り替えたのはある意味で必然だったと…。
松島:
そうですね。宅配便の構図は料金体系を見ると分かるのですが、荷物のサイズが大きくなるにつれ料金はJカーブのように高くなります。サイズの大きいものは粗利が高いのですがサイズにばらつきがあると積載効率は落ちやすい。その隙間を法人契約の大量な小さい荷物で埋めることによって配達車両の積載率を高めるっていうのが狙いだったと思います。「ネコポス」は、それが完全には機能しなかったのかと。ですので、事業を手放しても収益的には問題無かったのでしょうが、需要はそれなりに高く顧客は渡したくない(笑)ので、サービス内容や品質をほとんど変えず、集客や集荷をヤマト運輸が担い、配達を日本郵便に委託する形になったのではないでしょうか。
小川:
そうですね。苦肉の策ではありますが結果として両社の強みを活かした新業態となりました。
先ほどの多重下請け構造の話に戻りますが、末端の業者の、いわゆる自分でトラックを数台所有し、仲間と運んでいるような個人事業主はどうなのでしょうか?今まで通り12時間でも24時間でも稼働してしまうのでしょうか。働き方改革関連法って個人事業主は対象外ですよね。
松島:
そうだと思います。また、極端な話、ドライバーなら2社で働けばいいですよね。
小川:
そうですね。
松島:
単価が上がるので収入はちょっと増えると思います。働き方改革関連法の通りに働くと、やはり労働時間は激減して収入が減り生活できなくなりますから、ドライバーを辞めるしかないですよね。ですので、彼らは様々な手段を使って生き残っていくと思います。
小川:
そこが抜け道になっていくと・・・なるほど。完全に個人事業主で働いている場合は大丈夫なのかもしれませんが、小さな物流会社はかなり厳しいのではないでしょうか。
松島:
厳しいと思います。大手と中小企業の合併、中小企業同士の合併というような動きが出てくると思っています。また、荷主に納品までのモニタリングが義務付けされるようなことが起きてくるのではないかとも考えています。実際に物流会社の倒産件数も増えていて(2023年の道路貨物運送業の倒産は2014年以降の10年間で最多の328件/前年比32.2%増)、そうなると当然ながら自動化やDXといった前向きな投資はできません。モニタリングができず、十分なデータも取れないので生産性の改善もできないですし、多くのトラック事故が起きいていますが安全性といった社会的な問題への取り組みも進まなくなりますから、国は多重下請け構造にメスを入れることに対して否定的ではないと思います。
小川:
なるほど。結局、トカゲの尻尾切りみたいなことや個人事業主にしわ寄せがいくような構造はやはり異常で、正していこうという流れがやっと出始めたという感じですね。
松島:
そうですね。この流れは非常に共感できます。SDGS的にも必要ですし、国は推進しやすいと思いますよね。
小川:
先ほど倒産数が増えていると仰っていましたが、その実態はどのような感じなのでしょうか。
松島:
倒産の理由として最も多いのが2023年では原油高・円安から燃料費の高騰の影響を受けたものが最も多く(121件)、続いてドライバーなどの人手不足関連が挙げられています(41件)。人手不足は高齢化も要因の1つですから、労働時間と賃金の改善が必要ですね。そこに着手できないとドライバーになる人が増えないという負のスパイラルに陥りますから、さきほどの多重下請け構造の改革と両方手を打っていかないと追いつかないと思います。
小川:
2024年問題は、実は根深いものなのですね。
松島:
そうですね、2024年問題ってそもそもの物流の多重下請け構造が要因だと思います。
小川:
これから製造業が物流業者と取り組みをする際に様々な問題が出てきそうですね。長年取引があった物流業者が倒産してしまったりとか…。
松島:
地域の零細企業レベルの物流会社は危ないと思います。物量が集まらないのではないでしょうか。製造業側の視点からすると自社の物量に合わせて共配を活用するなど、エリアごとにどう物流を組むべきかという選択が必要になってくると思います。
小川:
営業力があって荷主となるお客様を多く集められれば良いと思いますが、現状の多くの零細物流会社は、営業力では無く単価の安さで勝負しているように見受けられます。
松島 :
そうだと思います。零細企業規模の物流会社の共配センター見ていると、単価が安いことを前提に全ての仕組みが出来上がっているので、本当に設備投資をしていません。それこそラックですら使わないような運用をしている感じです。いわゆる人海戦術で対応しているので、このままでは長くは続けられないと分かってはいるようです。ただ、分かってはいるけれどこれ以上コストはかけられないという側面もあるのでしょう。今は奇跡的にバランスがとれているのでコスト競争に耐えられているのであって、ギリギリのところで上手く対応している状況にみえます。
小川:
でも、どうでしょう?この先3年は大丈夫かもしれませんが、5年、10年という中長期スパンで考えると、最低限だとしても老朽化した設備に対する投資が発生しますよね。そのタイミングを乗り越えられるのか、あるいはもうそこでお手上げ状態になってしまうのではないかと心配になります。
松島 :
仰る通りです。なので、冒頭話したように協業・合併の話が加速化していくでしょうし、逆にそれが進まなければ社会インフラとしての物流が立ちいかなくなってしまう…。
小川:
物流が衰退して、作ったモノを消費者の手元に届けることが出来なければ社会生活が成り立たなくなってしまいます。そうならないためには、事業者の再編のみならず、抜本的な改革が必要になると思うのですがそのあたりはどうなのでしょうか?
松島:
食品業界の例が分かりやすいのですが、届け先は店舗や卸のセンターなど、ある程度共通化していますよね。卸も実は多重下請けとなっている部分があるので、メーカー物流と卸物流と店配物流の全てを含めて再編をした方が良いと思っています。
小川:
なるほど。例えば?
松島:
例えばPB専用センターを作り、グループ全体に共配するというやり方もあるのではないでしょうか。商品特性が異なっても温度帯等の物流特性が同じであれば一緒に配送出来るので、それが出来れば物流効率は格段に向上します。自社のPBブランドであれば卸物流を含めた構造改革の障壁は低いはずです。併せてPB専用の需給モデルを作り、全店の棚情報を集約・管理し補充対応する・・・というようなことをしても良いと思います。
小川:
これまでの概念にとらわれることなく柔軟に考えていく必要がありますね。
松島 :
そうですね。更に業界全体の改善を考えると、その物流にメーカーのNB商品を混載することもあり得ますね。今は共配物流に任せているのが最適なのかもしれませんが、共配物流も結局は卸が対応しているわけですから…。
ただ、その取り組みを難しくする要因があります。卸にも物流事業者と同様の多重下請け構造が存在するのです。ですが、そこに着目して新たな構造改革の取り組みを進めようとしている企業も出てきています。
小川:
確かに2024年問題には多くの課題もありますが、業界を俯瞰してみていくとビジネスチャンスに繋がるのではないかと感じますね。
次回は日本のこれからの物流の将来に向けて話していきたいと思います。
聞き手:アクティベーションストラテジー㈱ 代表取締役会長 小川克己
『社会インフラとしてのロジスティクスをデジタルネットワーク化することで産業に革新をもたらす。』を経営目的に掲げ、ロジスティクスサービスに於けるシステム開発、IoTソリューション、AI・ロボティクス研究開発、経営・運営に関するコンサルテーション、物流・ロジスティクス業務の受託を行う。ロジスティクスに関するコンサルティング、テクノロジー、業務アウトソーシングを三位一体で提供できることを強みとし、多くの企業の物流支援を行っている。
≪表彰・受賞実績≫
2001年ロジスティクス大賞受賞
2009年ロジスティクス大賞奨励賞受賞
2017年グリーン物流パートナーシップ有料事業者(経済産業大臣表彰)
【次回以降連載予定】
第1回 連載開始に向けて
第2回 米国との比較による日本物流の特徴
第3回 日本物流が抱える構造的な課題(1)
第4回 日本物流が抱える構造的な課題(2)
第5回 物流が抱える直近の課題と対応
第6回 日本の物流の将来に向けて