日本のこれからの物流を考える|第6回 日本の物流の将来に向けて(最終回)
松島 聡 シーオス株式会社
代表取締役社長
薬剤師免許取得後、アクセンチュア戦略グループシニア・マネジャーを経て、2000年シーオス(株)創業。2008年東京薬科⼤学理事(2期6年財務委員長・ICT委員長) 、2010年より⽇本ロジスティクスシステム協会(JILS)広報委員・IoT部会委員・調査研究委員会 副委員長などを歴任。 近著に「UXの時代」。公益社団法人⽇本ロジスティクスシステム協会 先端ロジスティクス研究センター 副委員長。
第6回 日本の物流の将来に向けて
小川:
この日本の物流対談も最終回となりました。これまで様々な角度から日本の物流について考えてきましたが、最後ということでこれまでを振り返りつつ、今後の日本の物流について話をしたいと思います。
松島:
よろしくお願いします。
小川:
これからの日本の物流はどうあるべきだと思われていますか?
松島:
とにかく物流の構造改革が急務だと思います。
小川:
それはどういうことでしょうか。
松島:
大きく分けて次の3点が挙げられます。
・戦略的な物流への変革
・脱・多重下請け構造
・データ活用推進
■ 戦略的な物流への変革
小川:
対談最初の方で日本の物流が製造部門に従属的な位置付けであるとおっしゃっていましたね。
松島:
ええ、ですから、これからはデータを重視した戦略的思考で取り組むことが必要です。
小川:
米国の物流はかなり日本のかなり先を進んでいると感じました。
松島:
国土や労働力の違いはありますが、それらを踏まえて取り組むべきですね。第4回目の対談でも触れましたが、まずはロードファクターの改善を行って効率化を推し進めたいところです。
小川:
その辺のお話もしましたね。
松島:
はい。2024年の物流の労働規制が始まることで需要と供給のバランスが崩れることを問題視する声がありますが、その前に非効率な部分がまだまだありますから、そこに着手すべきだと思います。もしかしたら需要はバランスがとれているどころか、供給過剰な部分も出てくる可能性がありますね。
小川:
松島さんからご覧になって、今の物流の無駄はどの辺にあると思いますか?
松島:
単純に需要と供給のバランスから言えば、ロードファクターが40%を切っています。一方、物流がどれだけ不足しているかというと30%くらいと言われています。このギャップの原因に目を向けなくてはいけません。
小川:
同じ会社でありながら事業部ごとに物流業務を行っており、配送業者や倉庫を別々に手配している企業がありました。社内ですら物流の最適化が行われておらず、効率を落としている事例でしたね。
松島:
よく聞く話ですね。また、同一事業内でも出荷物流と調達物流がバラバラで行われているケースも散見されます。「送り」と「引取り」なのでセットで物流を検討すれば効率化の余地は多いと思われます。ただ、出荷物流と調達物流はそれぞれ所管部署が異なります。出荷物流は製造部門ですし、調達物流は資材課という縦割り問題が存在します。ここを解決するだけでも十分な構造改革になっていくと思います。
小川:
そうですね。
松島:
さらに極端な話をすると、過疎地のコンビニエンスストアの店舗にチェーン毎に別々の納品トラックを走らせる必要があるのかと。ロードファクターが低いのはどこもおなじですから、同じエリアであれば企業の枠を超えて同業種で運べばいいと思います。
小川:
はい。その通りですね。
松島:
それから、物流特性軸で考えることもできます。例えば、コンビニのドライ商品と電子部品の混載です。
小川:
その発想は飛びぬけていますね(笑)
松島:
確かに食品と電子部品では分野が違い過ぎて驚かれる組み合わせですが、非現実的な話ではありません。コンビニは1日に3~4便走らせているわけですから、稼働率の悪い箇所を分析し、最適化することで先ほどのロードファクターと不足している物流のギャップは解消していけると考えられます。物流の稼働率を改善するために類似属性の荷物を集めて運ぶことがポイントですね。
小川:
物流特性に応じて混載の荷物を選定するという考え方ですね?その一方で、ロードファクターに対する戦略的な取り組みの他に、物流拠点や場合によっては工場というような物理的な見直しも必要になりませんか?
松島:
鋭いですね。おっしゃる通り、そのような根本的な見直しを考えている企業が出てきています。納品までに何回も経由しないといけないネットワーク、調達物流を考慮した倉庫の建設というようなこれまでの前提を根底から崩した取り組みが増えています。今まで成長してきた会社は、倉庫や工場、物流網など足りなくなったら作るという後手の対応をしていましたが、これからはあるべき姿を踏まえた構造改革と投資が当たり前になりますね。
小川:
でも、それらを取り組もうとすると1社では限界がありませんか。
松島:
実際にはハードな取り組みだと思います。
小川:
誰が旗振り役をするかというのがポイントになりそうですね。日本全体で本当の物流効率を考えたら、メーカーや商社がその役割を担うのでしょうか。
松島:
私が思い描くのは、物流特性ごとに拠点を変えて全て共同化してしまえばいいのではないかと思います。そして、そこを共同運営すると。
小川:
その役割を物流会社が担うことはできるのでしょうか。
松島:
どうでしょう、可能性はあると思いますが、大手と取り組むことが一番早いかもしれません。
小川:
コンビニのドライ商品と電子部品の混載物流のような発想で考えていく必要がありますね。
松島:
そうです。それで再編できればいいですね。
■脱・多重下請け構造
小川:
次に多重下請け構造からの脱却という点ですが。
松島:
前回もお話しましたが、多重下請け構造は根が深い問題であるため、実際に取り組むのは困難だと思います。ただ、業界業種によっていくつか方法があるのではないかと考えています。
小川:
例えばどのようなことが考えられますか?
松島:
まず1つはコストと物流品質のバランスを保ちつつ、大規模事業者に集約していくことですね。
小川:
M&Aですか?
松島:
はい。物流業界再編は国としても必要だと考えていますし、零細企業が多いですから補助金や免税などの施策を打ち出すとスムーズに進むのではないでしょうか。
小川:
方針としては国と一緒に取り組んでいくということですね。物流会社にはいわゆるトンネル会社も多く存在していますが、その辺りの対応はどのようにお考えでしょうか。
松島:
おっしゃる通りです。多重化構造の解消方法の2つ目は、トンネル会社の排除です。トンネル会社の多くは親会社が荷主となっていて、伝票だけを扱う会社ですね。実際の配送は零細企業や個人事業主が運ぶ典型的な多重化構造となっていますから、モニタリングはしないですし、トラックの整備についても指導はすれども責任は持ちません。物流会社として機能していませんから、まずはそこにメスを入れるべきですね。
小川:
零細企業もこの先の数年は経営が何とか成り立つかもしれませんが、設備の老朽化などが出てくると厳しいですよね。
松島:
多重化構造の見直しは、あるべき姿のゴールから逆算して構築し直すという方法もあります。食品だとイメージしやすいと思います。配送センターや店舗など届け先がある程度共通しているので、メーカー物流だけでなく卸や店配物流まで含めた再編をしてく必要があります。
小川:
そうですね。
■データ活用推進
小川:
さて、データ活用についてですが。
松島:
今回、日本の物流に関する様々な課題を挙げてきましたが共通しているのは「データ軽視」だと思います。
小川:
米国のように客観的に問題点をあぶり出し、その解決方法を組み立てていくには様々なデータを揃える必要があると思います。キーワードの1つにDXが挙げられると思うのですが、圧倒的なデータと人材不足がネックですね。
松島:
そうですね。製造業では既にDXに取り組んでいる企業も多くありますが、物流業界には分析できるデータアナリストが不足しています。物流改革に必要なリソースが圧倒的に足りていないのです。
小川:
製造業でも物流業務に関するデータは不足していると思います。過去に関与したある製造業でも分析に必要なデータがありませんでした。
松島:
おっしゃる通り、製造業でも物流までのデータを抑えられていない企業はまだありますね。
小川:
膨大な物量を日々扱っていて、それが本当は最大の武器になるはずですが、どこに何がどれだけあるのか、どこに運ぶのかは分かっても、どこを経由して荷積みしどこで積み替えてどの順番で下すのかという情報が無く、非常に勿体ないと感じました。
松島:
DXは業務設計と並行してデータ設計を行う必要がありますが、日本人は全体のスループットを上げる業務設計が苦手です。将来を見据えたら細かい粒度のビッグデータをベースにアルゴリズムを考えなくてはいけないのですが、イメージが湧かないようです。例えば、配車する上で、今日の配車がどのような契約で成り立っていて、そこに乗せる部品や原材料がどのくらいあるかで重量当たりの配送費が計算されます。さらに、センターに納品されてから即出荷されたのか、一時的にでも格納されたのかによって保管料も発生しますし、作業費もかかりますよね。このような業務と繋げたシステム設計がまずは必要になります。
小川:
そうですね。
松島 :
なおかつ出荷の段階では、トラックがいつ到着してどのくらい待機するのか、荷役としてどのような作業が発生するのか・・・ということもタクトタイムからデータが取れて、作業費に割り当てるということが必要になります。細かい粒度のデータが蓄積され、業務と連携することで本当のコストが見えてくるのです。
小川:
そういう意味では本来、荷物の縦・横・高さ・重量のデータと数量、集荷場所と荷卸しする場所・回数、配送ルートというような情報を地道に蓄積しデータ化しないと改善や効率化はできないという話ですね。
松島:
メーカーからしたら例えば工場は既に建設してしまって減価償却していますから、保管にかかったコストを加味していないことが多いです。細かいデータを蓄積し、業務と繋げることで、どこに全体最適の観点で問題があるのかということをDXの要件の中に盛り込まなくてはいけません。
小川:
そうですよね。実際の正しいデータはシステムに全く反映されてない状態で、不完全なデータしかないので分析しようにも分析ができない状態なので、まず第一歩はデータに残すというところ取り組まないといけませんね。
松島:
実はビッグデータから出てくる答えは、おのずと大改革を進めることになりますが、今はちょうどデジタルネイティブに移行している境目なので改革までにはもう少し時間はかかるなとみています。
小川:
なるほど。
■これからの物流におけるポイント
小川:
経営者が気を付けるべき点などありますか?
松島:
私が物流会社の経営者だとしたら、「労災」と「グリーン」に着目します。
小川:
なるほど。
松島:
米国のアマゾンでは物流の現場である倉庫の労働者との問題が噴出して大変でした。米国が訴訟大国という特性もありますが、宣伝では倉庫で幸せに働いていますというアピールをしていましたから、非常に厄介な問題となっていたのでしょう。
小川:
そうそう、ありましたね!
松島:
それから、消費者が商品を手に取った時に、それが何かの犠牲の上にできた商品だとしたらネガティブな印象を持ってしまって購入を控える可能性がありますよね。最近の消費動向に環境問題などが大きく影響しますので、物流面でも意識しておくとよいと思います。
小川:
確かに温暖化対策といった環境に対しては益々厳しくなるでしょうし、ガソリン車が減っていくと思うのですが、そのような近い将来を見据えたときに何が起こりそうでしょうか。
松島:
CO2排出量の決済権というのがあるので、それによって自社の社会貢献についてどのように取り組んでいるのか説明が求められてくるのではないでしょうか。グリーン物流や人にやさしい物流への取り組みに国が投資するという動きが出るかもしれません。そうなるとそういう取り組みをしていない企業は駄目出しされてしまいますね。
小川:
今ある課題だけではなく、視野を将来にまで広げて経営していくことが求められますね。今回は様々な示唆をありがとうございました。
松島:
こちらこそありがとうございました。これからも日本の物流業界の向上に取り組んでいきたいと思います。
聞き手:アクティベーションストラテジー㈱ 代表取締役会長 小川克己
『社会インフラとしてのロジスティクスをデジタルネットワーク化することで産業に革新をもたらす。』を経営目的に掲げ、ロジスティクスサービスに於けるシステム開発、IoTソリューション、AI・ロボティクス研究開発、経営・運営に関するコンサルテーション、物流・ロジスティクス業務の受託を行う。ロジスティクスに関するコンサルティング、テクノロジー、業務アウトソーシングを三位一体で提供できることを強みとし、多くの企業の物流支援を行っている。
≪表彰・受賞実績≫
2001年ロジスティクス大賞受賞
2009年ロジスティクス大賞奨励賞受賞
2017年グリーン物流パートナーシップ有料事業者(経済産業大臣表彰)
【次回以降連載予定】
第1回 連載開始に向けて
第2回 米国との比較による日本物流の特徴
第3回 日本物流が抱える構造的な課題(1)
第4回 日本物流が抱える構造的な課題(2)
第5回 物流が抱える直近の課題と対応
第6回 日本の物流の将来に向けて