実務としての経済学|第2回 消費者の行動心理学を掴む価格戦略

株式会社エコノミクスデザイン

今井 誠(中央)
代表取締役・共同創業者。金融機関を経て、株式会社アイディーユー(現 日本アセットマーケティング株式会社)にて不動産オークションに黎明期から従事。その後、不動産ファンドを経て独立。2018年株式会社ディアブル代表取締役、株式会社デューデリ&ディール取締役に就任し、不動産オークションでの経済学実装に取り組む。さらなる経済学のビジネス実装に挑むべく、株式会社エコノミクスデザインを創業。

安田洋祐(左)
共同創業者・プリンシパル。大阪大学大学院経済学研究科教授。米国プリンストン大学へ留学しPh.D(経済学)を取得。政策研究大学院大学准教授を経て、2014年より現職。専門はゲーム理論、産業組織論。国際的な経済学術誌に論文を多数発表。学術研究の傍らマスメディアを通した情報発信や政府での委員活動に取り組んでいる。

第2回 消費者の行動心理学を掴む価格戦略

堀井:
前回は価格設定に関するプライシングのお話を伺いました。

安田:
そうですね。しかしながら、特定の商品の販売価格を決めるだけがプライシングではありません。

堀井:
と仰いますと?

安田:
例えば、クーポンの活用もプライシングの一つです。

今井:
最近はクーポン発行による割引や特典は当たり前になっていますね。

安田:
はい、珍しくないですよね。例えば、ハンバーガーショップに行くとだいたい若い人はクーポンを使って安く利用していますね。しかし、あのクーポンに関して恐らく真の効果、役割について理解している人は少ないのではないかと思います。ということで、突然ですがここで問題です。

堀井:
クーポンは配布することによって「知ってもらう」という広告的な意味合いが強いように感じます。クーポンがあることで来店頻度を増やすのが目的なのではないでしょうか。

安田 :
確かに広告的な要素がありますね。でも値引きするのであれば、わざわざクーポンを発行せずに、チラシやウェブ広告などを活用して大規模なキャンペーンを行えば、同じような広告効果が期待できると思いませんか。

堀井:
そうですね。

安田:
では一緒に考えてみましょう。

堀井:
是非、教えてください(笑)

安田 :
値引きとクーポンの大きな違いは、顧客ターゲットの選定ができるか否かということになります。値引きとは、不特定多数の顧客に対して同一の安い価格で販売するような方法ですよね。つまり全員が同じ価格に直面している。一方で、クーポンの場合には、クーポンを提示した顧客に対してのみ割安価格で販売することになります。クーポンを利用する客と利用しない客で、異なる価格を支払う仕組みになっているわけです。

堀井:
そうですね。

安田:
ハンバーガーショップを例に考えてみましょう。私はハンバーガーショップを利用する場合、基本的にクーポンを使いません。どうしてかというと、短時間で食事ができることを魅力に感じているからです。クーポンで安くなるのは、せいぜい数10円程度じゃないですか。私にとっては、普通のレストランよりも早く食事を済ませられることが重要なので、慣れないアプリを立ち上げたり、情報収集をしたりして、クーポンを獲得・利用するために余計な時間を使うのは割に合わない、という感覚なんです。まあ、単に情弱なだけかもしれませんが(苦笑)

堀井:
なるほど。クーポンを探したりする手間暇が面倒だなと感じることも多いですよね。

安田:
そうですよね。一方、時間ではなく価格に敏感な人は、積極的にクーポンを使います。値段が高いと買わない、安くしないと買わないという消費者に対してクーポンは非常に効果的です。

堀井:
確かに。

安田:
時間を優先する人は定価でも買いますし、時間的コストが削減されるのであれば多少割高でも納得して支払ってくれるものです。このように、消費者の懐事情によって異なる価格を提示することを、経済学では「価格差別」、英語で「プライス・ディスクリミネーション」と言います。

堀井:
そこがクーポン活用のポイントですね。

安田:
前回(第1回目)もお話しましたが、企業にとって重要なのは販売数量ではなく利益です。定価で購入してくれる人に対して無駄な値引きをする必要はありません。プライシングの観点から言うと、クーポンの強みは値引きの必要性を区別できるという点です。ここを理解した上で、より効果的なクーポン発行・活用を考えるべきですね。

堀井:
会員情報がある場合は、ダイレクトマーケティングが可能になりますね。

安田:
その通りです。従来のマーケティング的な発想に加えて、プライシングの発想も持っていただくことで、現場の人がクーポン施策やキャンペーン考案の際に今までにない視点を取り入れることができるのではないでしょうか。

今井:
ポイントプログラムと購買行動を上手に連動させていくためには具体的なノウハウが必要になりますが、今のようなちょっとした知識があるか無いかでビジネスが変わってくると思います。

堀井:
そうですね。ちなみに、ポイントプログラムについても教えてください。

安田:
ポイントプログラムには意外な研究があります。実は、少額の場合には、現金による値引きよりも同じ価値のポイントを発行した方が、消費者は購入しやすくなるという研究結果が報告されています。

堀井:
え、そうですか。

安田:
1,000円の商品を購入すると2%、つまり20ポイントが付与されるパターンと、同等のお得感を出すために2%値引きとして980円で売るパターンを比較します。この場合、現金の方が汎用性は高いので、20ポイントよりも20円引きした方が消費者に支持されそうな気がしますよね。ところが実はそうとは限りません。20ポイント付与される方が、20円引きの980円売価よりもお得感があり、買いたくなる心理が働くからです。

堀井:
本当ですか?!

安田:
ポイントプログラム導入には様々な目的やアドバンテージがあると言われていますが、ポイントが付かない場合と比べて、そもそも商品が売れやすくなる・・・という点も大きいですよね。もしも20ポイント付与の方が20円値引きするよりも売れるのであれば、さらに売れやすくなります。では、この一見すると不思議な現象はなぜ起きるのでしょうか。背後にある消費者心理は、行動経済学(注:心理学と経済学の学際的な分野。近年その学知が急速にビジネスにも活用されている)で説明できます。

堀井:
どのようなものでしょうか。

安田:
消費者が商品に1,000円を支払うとき、財布から1,000円が消えていく分だけマイナスだと感じます。このマイナス効果の1,000円が980円に変わると、差し引きで20円分だけ損が減るので嬉しいはずですよね。しかしながら、同じマイナス効果で比較すると、1,000円と980円では大差がないと人は感じてしまうのです。

堀井:
なるほど。

安田:
一方で、商品価格は1,000円で変わらないものの、別途20円分のポイント付与という形でプラスの効果が発生すると、1,000円のマイナス効果と20ポイント分のプラス効果を抱き合わせで買っている気持ちになります。値下げの場合は980円のマイナス効果だけだったのに対して、ポイントだとマイナスとプラスの両方あるわけですよね。そして、この20ポイントのプラス効果が、20円分だけ支払額が減るというマイナス効果の減少分よりも強く印象に残るのです。

堀井:
ポイント数の大きさではなくプラスの感覚が影響するのですね。

安田:
その通りです。冷静に考えると、現金20円が手元に残る方が得なのですから、980円で買う方が良いはずなのですが、会計時には、1,000円のマイナスと20ポイントのプラスの両方がある方がお得だとつい感じてしまうのです。

堀井:行動経済学、面白いです。

安田:
今回のクーポンとポイント、他にも色々ありますがこういった学知を前回のプライシングと組み合わせていくと、今のビジネスが変わっていくと思います。

堀井:
経済学をビジネスに実装できますね!

(聞き手:アクティベーションストラテジー㈱ 関西オフィスリード 堀井 史

株式会社エコノミクスデザイン

「経済学のビジネス活用」を促進するため、2020年6月に創業。経済学を用いたコンサルティングを提供。毎週木曜日に【武器としての経済学】をテーマにオンライン講義「ナイトスクール」を開講。